【発酵ソムリエ】結城カオルさん 寺田本家体験記

【発酵ソムリエ】結城カオルさん 寺田本家体験記

日本酒がつくられるまで/寺田本家の酒造りを通して

日本酒がつくられるまで/寺田本家の酒造りを通して

 

日本酒には、賞味期限が記されていないことをご存知だろうか。

水、お茶、コカ◯コーラなどにも賞味期限はあるが、通常日本酒には製造年月は記されているが、賞味期限は記されていない。

なぜ記されていないのかというと、それは“発酵”しているからというのだ。

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「発酵食品っていうのは、実は腐らないんです。ですから発酵し続ける限り、賞味期限もないんです。腐らないのはどんどん変わってしまうからなんですね。」

これは、酒蔵・寺田本家の先代、23代目当主の寺田啓佐氏の言葉である。

 

発酵していると腐らない、さらにどんどん変わっていくというのはどういうことなのか。

古事記、魏志倭人伝にも記され、日本の文化と切っても切れないお酒と、そのお酒の発酵現場を見学し、日本酒の醸造・発酵についてレポートする。

 

1.日本酒について

日本でのお酒の歴史は古く、縄文時代中期には、すでに”口噛み酒”と呼ばれる穀物を噛んで唾液とともに器に入れ発酵させるというお酒があったということもわかっている。神話や歴史書にもお酒の記述があり、奈良時代には、渡来人が持ち込んだ大陸の醸造技術を基にして独自の技術が開発され、お米と麹を使った醸造法が普及し、“造酒司”という役所で官営の酒造りがなされたという記録が残っている。

今も神社に奉納されるなど、お酒は日本文化を語るに欠かせない。

日本各地で作られるお酒。農作物である“米”を主原料にして造られるため、その土地でつくられたお米と水、伝統や独自の製法があり、酒の味わいが異なることも特徴となり国内外のファンも多いアルコール飲料である。

その原料はシンプルで、お米、麹、水から造られる。

日本酒といえば、透明な液体をイメージする人が多いと思うが、これは“清酒”と呼ばれる。

清酒は、製造にお米を使い、「上槽」と呼ばれる、モロミを固体(=酒粕)と液体分(=原酒)にわける“こす”工程があるもの。

 

〈清酒の製造過程の例〉

白米→(洗米、蒸す)→蒸米→(製麹)→麹→(蒸米と水と麹、酵母を混ぜる)→酒母→(発酵、仕込み)→モロミ→(モロミを絞る:上槽)→新酒→(滓引き、濾過、火入れ)→原酒(割水、火入れ)→瓶詰め

このような工程を通り、清酒ができるが、さらに使用原料、精米歩合、麹米使用歩合などにより“清酒の製法品質表示基準”にて名称が定められている。

特定名称使用原料精米歩合こうじ米 使用割合 (新設)香味等の要件
吟醸酒
(ぎんじょうしゅ)
米、米こうじ、 醸造アルコール60%以下15%以上吟醸造り、固有の香味、色沢が良好
大吟醸酒
(だいぎんじょうしゅ)
米、米こうじ、 醸造アルコール50%以下15%以上吟醸造り、固有の香味、色沢が特に良好
純米酒
(じゅんまいしゅ)
米、米こうじ15%以上香味、色沢が良好
純米吟醸酒
(じゅんまいぎんじょうしゅ)
米、米こうじ60%以下15%以上吟醸造り、固有の香味、色沢が良好
純米大吟醸酒
(じゅんまいだいぎんじょうしゅ)
米、米こうじ50%以下15%以上吟醸造り、固有の香味、色沢が特に良好
特別純米酒
(とくべつじゅんまいしゅ)
米、米こうじ60%以下又は特別な製造方法(要説明表示)15%以上香味、色沢が特に良好
本醸造酒
(ほんじょうぞうしゅ)
米、米こうじ、 醸造アルコール70%以下15%以上香味、色沢が良好
特別本醸造酒
(とくべつほんじょうぞうしゅ)
米、米こうじ、 醸造アルコール60%以下又は特別な製造方法(要説明表示)15%以上香味、色沢が特に良好

国税庁 「清酒の製法品質表示基準」の概要より

https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/seishu/gaiyo/02.htm

 

“こす”工程を行わないものは「その他醸造酒」と呼ばれ、白濁している固形分が入ったお酒「どぶろく」などはこれにあたる。

また、どぶろくのよりも固形分が少なく清酒に近い「にごり酒」は、目の粗い酒袋でこしたもの。モロミの中の溶けきれていない米の固体部分が原酒の中に残ったものであり、こす工程を通っている。

 

2.自然酒について

お米をアルコール発酵させて造られる“日本酒”。

清酒の分類上には、“自然酒”という酒類区分はないが、一般的に農薬・化学肥料不使用米を使用して無添加で醸造された日本酒が自然酒と呼ばれる。

蔵見学をさせていただいた寺田本家は自然酒で有名な酒蔵で、自社田を持ちお米の栽培も行う。

契約農家のお米と合わせ、全て無農薬米にて昔ながらの酒造りを行なっているため、オーガニックレストランや自然食品店での取り扱いも多い蔵元である。

300年以上の伝統を持つ2軒の酒蔵がある”千葉県香取郡神崎町”に位置し、毎年3月に行われる町をあげての発酵祭りには、人口6千人ほどの町に、約5万人の来場者が訪れるほどファンが多い。

 

3.寺田本家 酒蔵見学概要

寺田本家:

日本酒の製造販売、特に自然酒を醸造する

所在地/千葉県香取郡

創業/延宝年間(167381年)

 

寺田本家は、蔵に住んでいる菌で日本酒を醸すという全国でも珍しい酒蔵。

さらに特筆すべきは、製麹室に入れること。

多くの酒蔵の製麹室は室温湿度、雑菌管理の徹底しているため見学不可が多いが、ここではお酒造りの全ての流れを蔵人さんによる説明を聞きながら見学ができる。

菌とのコミュニケーションを大切にして、手作業で行われるお酒造りを肌で感じ味わうことができる見学会。

 

3-1.お酒造りに対する思い

蔵見学の前に、蔵を案内してくださる当代当主の寺田優氏よりお話があった。

現在の寺田本家は自然酒を作る酒蔵として有名だが、以前は幅広く清酒を作っていたという。

先代当主が体調をくずしたことなどがきっかけとなり、行き着いたのが「人に役立つお酒」を作ること。

自然の力を活かした酒造りを始め、麹も自分たちで育てた田んぼからとれた稲麹を使い、乳酸菌なども添加せずに、蔵に住み着いている菌により発酵したお酒を醸造することに至ったという。その手仕事にこだわる過程を見学させていただいた。

 

3-2.蒸米をつくる

原料となるお米がデンプンのままでは小さな酵母菌が分解できないことから、お米を蒸して麹を造り、麹がお米のデンプンを糖に変え、酵母の力でアルコール発酵させるために必要な過程となる。

手作業でお米を洗い、甑(こしき)と呼ばれる大きな木桶でお米を蒸す。

蒸米を甑から取り出す作業は、甑取りと呼ばれ、多い時は1tもの蒸米を手作業で取り出す。

手作業で行うことは、とても大変だが、手でお米を触ることにより、わずかな違いを感じることが酒造りに活きていくという。

 

3-3.麹を造る製麹室

蔵内にすむ蔵付き麹菌で自家培養した麹菌を使用しての酒造りを行う寺田本家は、雑菌大歓迎ということで製麹室入室できる珍しい酒蔵。

この麹室には炭の粉を敷き詰め、菌の労働環境にも気を配っているという。

じんわりと汗をかくくらいの暑さの室内には、麹づくりのための蒸しあがった玄米が広げられていた。

麹とは、麹菌(カビの一種)を穀類に生やし、酵素を分泌させたもの。

(麹は日本酒だけでなく、日本の食文化に欠かせない焼酎・しょうゆ・みそなど発酵食品の醸造にも用いられる。)

ここでは、先ほど蒸したお米に黄麹菌(Aspergillus oryzae)を植え付け、麹をつくっている様子を見られる。

黄麹菌が分泌する酵素=アミラーゼによってデンプンをブドウ糖に分解され、ブドウ糖が酵母細胞内に取り込まれアルコール発酵が行われる。

蒸しあがったお米に麹カビをふるいのような道具に入れ、ふりかけていき、植え付ける。

麹になるまでに、通常2日間、玄米の場合は4日間かけて育てていくという。

 

3-4.酒母室

ここでは、蔵に住んでいる乳酸菌などの菌を使う“生酛(きもと)造り”で醸造する、

力強い酵母を育てる元となる“酛(もと)造り”は、前日から、桶に仕込み水、蒸米、麹を入れ、手酛と呼ばれる均一に混ぜる作業を行う。

お酒を作るための種となる“酒母(しゅぼ)”を作るために蔵人たちは桶と櫂棒を使い、唄をうたいながら、なめらかに摺りつぶしていく山卸(酛摺り)を行う。

酛摺り唄と呼ばれるこの唄をうたい、蔵人たちの息が合うことで均一にまざり、味が均一になるだけでなく、雰囲気が良くなると美味しいお酒ができる環境づくりになるという。

試飲した酒母は、フルーティな味わい。発酵の様子を見守り、温度調整も行う。

 

〈ここからの菌の動き〉

麹がお米のデンプンをブドウ糖に変える➡︎酵母が、そのブドウ糖を食べる➡︎アルコール発酵する(酵母がアルコールと炭酸ガスを出す)

 

3-5.モロミタンク

更に蔵の奥に進むと、発酵中のお酒が入った大きなタンクがたくさん並ぶ。

酒母からさらに、発酵、仕込みを行いモロミとなる。

この発酵工程では、麹に貯えられた酵素がお米のデンプンを分解することで、アルコール発酵に必要なブドウ糖を供給する。この時、お米のタンパク質も酵素により、アミノ酸へと分解される。

蓋をあけるととても良い香りが広がる。

ここでも試飲させていただいた。

麹から味見をしていくと、複雑な発酵過程を経てお酒になっていくことが体感できる。

 

3-6瓶詰めされたお酒の試飲

完成しているお酒の試飲をもって蔵見学が終了。

 

4.まとめ

「麹菌」「乳酸菌」「酵母菌」など“必要な時に必要な”菌が来て仕事をしてどんどん次へとつなぎ、造られ、醸されていく日本酒。

自家培養のもの、蔵付きのものを使っている寺田本家のお酒は蔵を見学しながら聞く話は、蔵人と菌との会話を聞いているようで、人と菌とが仲良く、チームワークで酒が作られていく。

雑菌大歓迎の日本酒造り、ワイルドな菌で作られるお酒はその時その時で味わいが変わる。

蔵見学の初めに聞いた、寺田本家の酒造りを変えるきっかけになった「人の役に立つお酒をつくる」ということの原点、”自然”に”手作業”に還ったという酒造りを今回伺った。

百薬の長を目指すという“変わらないもの”と、“常に変化していく”菌による発酵を蔵人が環境整備をして生かし合っているように感じた。

自然と人が共に、その時々に必要なものを作り出し、自然に沿って発酵していく。

それが寺田本家の“自然”酒ということを見せていただいた。

先代の寺田啓佐氏は、こうも語っている。

「微生物から教えていただいたことは、自分らしく、心地よく、そして仲良く生きることだったんです。そうすれば、発酵していく。変わっちゃう、楽しくなっちゃう。」

人を発酵させてくれるパートナーとして菌・微生物を生活に迎え入れようと思う、酒蔵見学となった。

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