2019年11月15日
信長が広げて、家康がビジネスにしたみりんという「飲み物」は、江戸文化で調味料に・・・。
日本酒作りというのは、様々なところで行われていました。この三河でも、もちろんあったのですが、酒粕をさらにアルコール分だけを凝縮させる・・・いわゆる蒸留酒が、始まりです。
米焼酎に、でんぷんが多い蒸したもち米でつくった糀を使い、甘い飲み物にしました。信長がキリストに浸透し、ワインに変わる飲み物が欲しかったために、みりんが広がります。
女性が飲むという点でも、甘いのみものは人気でした。
家康は、メディカル・ハーブに詳しく苦い薬草をどうやって美味しく飲むか?考えていたところに、みりんが出会います。屠蘇散をいれて今日も飲まれています。特に、アルコールであるために「税」がたくさんとれるとして、岡崎城(家康がいた城)のまわりには、みりんやが多いのだそうです。
(確かに、九重味淋さんを出たら、岡崎信用金庫がありました。)
ブドウ糖は、単糖なので、メーカーがいうほど、砂糖でないメリットはないのですが、精製していない甘味という点では有利です。この本みりんを調味料にし、蒲焼きや照り焼きに使い始めたのは、江戸文化。そして、半田の酢と同じように、簡単に蔵から高瀬舟に載せて、江戸に送っていたのです。ここで、飲み物から調味料に変わりました。
ところが、明治期に酒税法が始まると、本みりんも飲み物として酒税がかかります。そこで、今回の10%消費税も対象です。
名古屋に「蒲焼き通り」というのがあるのも納得ですが、このみりん・・・なんと「いにしえ」の方が蒲焼きに適しています。
消費期限がない、常滑の瓶にいれられ、長い時間をかけて、江戸に運ばれたのでう。当時は、船を制すれば国を制することができました。
蔵のツアーをしたあとには、ポイントカードをつくれば、200円分割引になるチケットをくれます。
悔やまれるのは、半年前に訪ねた「ありがとうの里」さんととても近かったのですが、今回も「名古屋」で講演のお仕事があり、ピストンで移動するしかありませんでした。
レストランもカフェも素晴らしいです。是非、訪ねてみてください。
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