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川越で小江戸体験をしていただくと喜びは倍に!

ITのデータセンターが集まる町
川越から伸びる東武東上線は、各IT企業のバックアップデータが保存されている場所です。理由は、地盤が固いということができます。同時にそれは、井戸水があります。

川越訪問のきっかけ
発酵ソムリエとしては、カードゲームをしなくてはいけません。発酵食品が集まっている場所!?という発想がありました。理由は、時の鐘通りには、江戸の情緒のあるお店を集めているため、漬け物や、醤油やと飲食店が多くあります。特に、飲食店に置いている地ビールのCOEDOビールと鏡山がメニューを彩ります。

江戸時代川越城は城下町としてまた、宿場町として繁栄していました。

その片鱗が残る黒と白の蔵を基調とした町並みは、 関東でも有数の観光都市として小江戸の異名をとっています。

その祭りで使われる山車からしても雅な雰囲気が漂います。

松本醤油
土日は、工場見学を積極的に開催している松本醤油さんは、

川越で文政13年に建造された蔵で約250年続く蔵元である松本醤油商店です。使い続けている杉桶は40本あり、昔ながらの伝統的な手法によって製造されている醤油です。

醤油を作る上での一番難しいのは麹作りです。埼玉県産の炒った小麦と川越産の丸大豆を蒸して使い、3日かけて麹を作ります。小麦は砂と混ぜ、最後にふるいにかけます。
今は、機械で制御されてはいても、温度や湿度が正確に保たれているかを調べるため、今でも昼夜を問わず様子を見ています。

約3日間かけて作った麹を杉桶に移し、濃口には瀬戸内の岩塩を井戸水で溶かした食塩水を入れます。

再仕込みは生醤油を加えます。そのもろみを約1年かけて熟成させます。これが松本醤油を代表する「はつかり醤油」です。

もろみの段階では、蔵の中に住み着いているいわゆる「蔵つき酵母」といったさまざまな菌によって熟成が進めれられます。
これらの菌の作用によって、醤油の出来が違ってきます。そのひとつが杉桶の中のもろみを攪拌する作業である櫂入れです。かなりの重労働になります。

もろみは、初期の段階では麹菌(麹は茨木の種麹を使っているそうです)、その後タンパク質や糖が酵母や乳酸菌によって分解され、熟成が進みます。

酵母は酸素を好みますので、上下をひっくりかえすように混ぜれる必要があります。

後半ですが、乳酸菌は酸素を好まないため、攪拌し過ぎるとかえって熟成が進みません。

もろみの状態によって櫂入れの時期や混ぜ方を見極めます。

熟成を終えたもろみを少しずつ布に広げ、それを何層にも重ね、3日間かけてじっくり搾り出します。
この段階での「生醤油」は、まだ酵母が生きていて、澱もあり、香りも弱く「火入れ」をすることによって、殺菌と同時に、香りを高くすることができます。

温度設定、加熱時間をはじめ、一度上げた温度を徐々に下げたり、そのまま放置して自然冷却したりする作業で香りや味わいが変わります。

科学的分析もしているそうです。微妙な発酵の変化を感じ取る人間の感覚は素晴しいものです。1年醸造といっても蔵は常温ですからそのときの気温によって400日で絞るときもあります。そのタイミングの勘は、ベテランの職人さんにはとうていかなわないものがあります。

松本醤油の蔵は薄暗く、近代工場ではありません。江戸時代から平成の世へ残ってきた蔵には、麹菌や酵母菌、乳酸菌といったさまざまな菌が生息しています。私たち人間にできるのは、自然の力が活き活きと働く手助けです。そこから、松本醤油商店の醤油が生まれます。

鏡山酒造
今回取材に伺った松本醤油さんには、同じ敷地内に鏡山酒造(株)があります。

川越市民が愛し続けている地酒『鏡山』を造る酒蔵ですが、設立は2007年です。

酒造メーカーというと一般的には大昔から代々続いている「老舗」と思う人が多いことでしょう。

同社の設立は確かに若いのですが、実は歴史ある地酒を復活させたいという思いから若者が設立した会社だったからなのです。水が硬水なので灘に近いものができます。

そのため、同社が造る酒「鏡山」自体の歴史は古い。

「鏡山」という日本酒が世に生まれたのは今から100年以上も前のことです。 造っていた酒蔵は鏡山酒造(株)といい、設立は1875年(明治8年)でした。

2000年に営業がうまくいかずに蔵を閉じました。

しかし、地元で生まれ育ちその味と歴史を知っている若者たちが自分達の手で『鏡山』を復活させたい、と復興したのでした。

そんな若者たちの思いに応えたのが、 今の酒蔵が建つ同じ敷地内に拠を構える松本醤油店でした。
同店は「はつかり醤油」という名の醤油を製造・販売しており、その歴史は鏡山をはるかに上回ります。

新しい酒蔵の建設場所を探し廻っていた若者に

同じ発酵醸造仲間というご縁で松本醤油店の代表が声をかけて、平成生まれの酒蔵は誕生したのです。

鏡山を復活させた若者たちはただ復活させるだけでなくこだわり尽くした酒を作るということでした。

若い蔵人が少数精鋭で酒造りに精魂込めて作っています。

蔵人(くらびと)は、 平均年齢28歳、4名の蔵人が昼夜を問わず作業にあたる体制を整えました。

蔵人を束ねる杜氏(とうじ)には、地元出身であり茨城県の酒蔵で働いていた人物を抜擢しました。

生産量を制限していますが、頭のなかにあるのは美味しい酒を造りたいという職人魂でした。

仕込み時期の10~3月になると、休みなしで毎日24時間体制での酒管理を4人は行う必要があり、 蔵人は交代で蔵に泊まり込みます。

大吟醸に代表される高級酒では、どうしても蔵人の手による作業が必要であり、蔵人が手作業で仕事を行うことによって、美味しい酒になるからです。

すべての酒を手作業で造る~5つの約束~

「私どもの酒蔵で造っている酒は、
酒のランクを問わず、すべて丹精込めて同じ製法で造っております」

5つの約束

1.品質は第一の少量仕込に限る。
2.麹は丁寧に箱麹・蓋麹に限る。
3.醪(もろみ)は袋による上槽に限る。
4.火入れの際は「瓶火入れ」に限る。
5.純米酒以上の特定名称酒に限る。

機械作業をしたり、一回の製造量を増やす(大きなタンクを使用)ということをします。 同社ではそのような利益第一主義の営業スタイルは一切とりません。

川越の町の飲食店は、鏡山をおいており、川越市民がこの動きをサポートしています。